
「後医は名医」
診療をしていると、ときどきこんなふうに言われることがあります。「前の先生、虫歯を見落としていたんじゃないですか?」
この状況に出くわす歯科医はとても多いのではないでしょうか。
それまで何も言われていなかったのに、ある日突然「虫歯があります」と言われたら、「えっ?」となりますよね。
大学生の小児科講義
ただ、医療の世界には昔からこんな言葉があります。「後医は名医」。
私がこの言葉を初めて聞いたのは、大学生の頃、小児科の先生の講義でした。今でも印象に残っています。
その先生はこんな話をされていました。発熱して泣いている赤ちゃんが来たとき、その時点では何の病気かはっきりしないことが多い。感染症なのかどうかも含めて、「数日様子を見てください」としか言えないことがある、と。
しかし数日後、別の医師が診る頃にはどうなるか。鼻水や咳、発疹といった症状が出てきて、さらには流行している感染症の情報もそろってくる。
すると後から診た医師は、「これは〇〇ですね」と比較的スムーズに診断できてしまう。その先生は少し笑いながら、「後から診ると簡単に名医になれるんですよ」と話されていました。
当時はなるほどと思っただけでしたが、今になってその意味を実感しています。
歯科医院でも
たとえば初期の虫歯。痛みもなく、見た目の変化もわずかで、「削るべきか、まだ様子を見るべきか」で判断が分かれる段階があります。
その時点で進行性が認められなければ、あえて削らずに経過を見ることもあります。歯は一度削ると元に戻らないからです。
ただ、少し時間が経って虫歯が進行すると、誰が見ても「これは治療が必要ですね」とわかる状態になります。ここで診た医師は、迷いなく診断ができます。
すると患者さんから見ると、「前の先生は見逃していたのでは?」となるわけです。
実際には、“見落とし”というより、“まだ判断が難しいタイミングだった”ため経過観察しているということの方が多いのですが、その違いはなかなか伝わりません。
学校歯科検診でも同じ
もうひとつ、よくある場面があります。「3ヶ月ごとに通っているのに、学校の歯科検診で虫歯があると言われました」
これも同じ構造です。
診療室では、ライトを当てて、乾燥させて、必要に応じてレントゲンも使いながら慎重に診ています。その中で「まだ経過観察で大丈夫」と判断している初期の虫歯。
一方、学校検診は限られた環境と時間の中で行われます。正直に言うと、あの状況で100%見極めるのはなかなか難しい。私が担当しても、判断を悩むケースは多くあります。
学校検診は「見逃さないスクリーニング」が重要です。そのため、初期の虫歯も“虫歯”と判断されることがあります。結果として、診療室では「経過観察」学校では「虫歯」というズレが生まれます。
歯科医療は、「ある・ない」で単純に分けられない部分もあります。診療室では「今はまだ手をつけない」という判断も、実はとても重要な選択であり治療の一つの形態だと思います。ただ、この“経過観察する理由”は、どうしても伝わりにくい。ここに私たちの難しさがあります。
だからこそ、診断だけでなく、その背景や考え方も含めてお伝えすることが大切だと感じています。
あとから「やっぱり虫歯だったんですね」と言われるよりも、その前の段階で納得していただけるように。
「後医は名医」と言われますが、それぞれのタイミングで最善の判断があるのだと思います。
そして私たちもまた、その一人として。「前医も名医」でありたいと思います。







