
根管治療という言葉を聞いて、どのような治療を思い浮かべるでしょうか。
多くの方にとっては、「歯の神経を取る治療」「何回か通う治療」「痛みを取るための治療」「何をやっているのかわからない」という印象かもしれません。
歯科医院の診療室で実際に行われている根管治療は、外から見える印象よりも、ずっと細かく、時間がかかり、神経を使う処置です。
特に大臼歯、つまり奥歯の根管治療は簡単ではありません。さまざまな器具や機器の準備が必要で、処置にも多くの時間がかかります。
大きな奥歯には複数の根があり、その中に細い根管があります。大臼歯では3根管、場合によっては4根管を探し、それぞれの根管を少しずつ清掃し、拡大し、薬を置き、再感染しないように仮封します。
根管はまっすぐとは限りません。曲がっていたり、途中で細くなっていたり、見つけにくい場所に隠れていたりします。患者さんごとにも違います。そこに細い器具を入れ、感染した部分を取り除き、歯を残すための土台を整えていきます。
患者さんから見ると、口を開けている時間は同じように感じるかもしれません。
しかし術者側から見ると、根管治療は「歯の中の見えにくい細い通路を、一本ずつ確認しながら綺麗に整えて、もう一度感染しないように密閉する治療」です。
最近では、新しい機器の導入によって処置はかなり効率化されています。それでも、患者さんごとに症状や歯の形は千差万別です。最後は、術者の経験や感覚が必要になる場面もあります。
30分かけても、診療報酬は数十点という現実
ここで、診療報酬の話になります。
令和8年度の歯科診療報酬点数表では、根管貼薬処置は1歯1回につき、単根管33点、2根管41点、3根管以上57点とされています。1点は10円なので、3根管以上の根管貼薬処置だけを見ると570円です。
もちろん、実際の診療では再診料、レントゲン等の検査料、初回の感染根管処置や抜髄、根管充填など、別の項目が関係することもあります。したがって、根管治療全体が常に数十点だけで評価されている、という意味ではありません。
それでも、日々の診療で大きな違和感を覚える場面があります。
たとえば、大臼歯の3根管、4根管を一つずつ確認し、洗浄し、綺麗に形成し、薬を置き、仮封する。感染を残さないように慎重に行えば、30分ほどかかることは珍しくありません。難しいケースでは、30分で終わらず、次回に処置を継続しなければならないこともよくあります。
ところが、その日の処置として中心になる根管貼薬処置の評価は、根管数が多くても57点、つまり570円です。
治療の難しさ、時間、集中力、器具の準備や消耗、スタッフの介助、人件費、感染対策。そうした現場の負担と、点数表上の評価とのあいだには、かなり大きなずれがあります。
安く受けられることは、患者さんにとって大切です
誤解のないようにしたいのですが、保険診療で根管治療を受けられること自体は、とても大切なことです。痛みがある歯、感染している歯、抜かずに残せる可能性がある歯に対して、一定の自己負担で治療を受けられる。これは日本の医療制度の大きな価値です。
ここでも「患者さんの負担を上げたい」という話をしているのはありません。
問題にしたいのは、歯を残すための精密で時間のかかる治療が、制度上あまりに低く評価されているのではないか、ということです。
患者さんにとって安く受けられることと、医療機関側が必要な時間と人手をきちんとかけられること。この二つは、本来どちらも守られるようにしていただきたいのです。
低い評価は、治療の質に影響しうる
診療報酬が低いままであると、歯科医院も時間をかけるわけにはいかなくなります。
根管を見落とさないこと。感染源をできるだけ取り除くこと。必要に応じて洗浄し、貼薬し、封鎖すること。器具を折らないように、歯根を傷つけないように、慎重に進めること。
こうした一つひとつは、派手ではありません。しかし歯を残すためには、とても重要です。
診療報酬が低ければ、医院経営の現実として、十分な時間を確保しにくくなります。新しい器具を使うこと、拡大鏡やマイクロスコープを活用すること、丁寧に洗浄時間を取ること、スタッフを配置すること。これらはすべてコストを伴います。
そのため、治療環境を整え、治療成果や予後をより重視するために、根管治療を自費診療で行うという選択肢もあります。多くの根管治療専門医が根管治療を自費診療で行っていることには、一定の合理性があると感じます。
医療者の努力や善意だけで、制度上の不足を埋め続けることには限界があります。
根管治療は「地味な治療」ではなく、歯を残す最後の砦です
根管治療がうまくいけば、歯を抜かずに済む可能性が高まります。
逆に、根管治療がうまくいかなければ、再治療、外科処置、抜歯、ブリッジ、入れ歯、インプラントへと進むことがあります。
つまり根管治療は、単に痛みを取るための処置ではありません。歯を残せるかどうかを左右する、とても重要な治療です。
にもかかわらず、制度上は「細かくて時間のかかる処置」ほど、十分に評価されにくい構造があります。
これは、歯科医院だけの問題ではありません。
丁寧な治療を受けたい患者さんにとっても、歯を長く残したい社会にとっても、見過ごせない問題だと思います。
本当に評価すべきものは何か
診療報酬は、医療の値段であると同時に、社会がその医療をどのように評価しているかを示すものでもあります。
歯を抜いた後の治療には、当然ながら費用がかかります。ブリッジ、義歯、インプラントなど、それぞれに役割があります。
しかし、その前の段階で、歯を残すために行う根管治療が十分に評価されなければ、結果として「残す治療」よりも「失った後の治療」に重心が移ってしまうかもしれません。
それは、患者さんにとっても、医療制度にとっても、決して望ましい方向ではないはずです。
歯を残す治療を、きちんと評価する制度へ
根管治療は、短時間で簡単に終わる処置ではありません。
特に大臼歯の3根管、4根管の治療では、細い根管を探し、清掃し、拡大し、薬を置き、仮封するまでに、相応の時間と集中力が必要です。
それでも、根管貼薬処置の評価は数十点にとどまっています。
患者さんにとって保険診療で治療を受けられることは守りながら、医療機関が必要な時間と技術をきちんとかけられる制度にしていく。
歯を残す治療を軽く見ないこと。
それは、これからの歯科医療にとって、とても大切な視点ではないでしょうか。
参考資料







