
今やGoogle口コミは、歯科医院の運営と切っても切れない存在になりました。
受診する医療機関を探すとき、ホームページより先にGoogleマップを開き、星の数や口コミを確認する方も少なくありません。口コミの内容が受診先の選択に影響し、結果として医院経営にも響くことがあります。歯科や医科クリニックをはじめ、飲食店、美容室などその影響を実感しているのではないでしょうか。また、美容クリニックなど、患者さんの期待が大きい特定の分野でも、影響が大きいように感じます。
一方で、口コミへの向き合い方は事業所によってさまざまです。頭を抱えながら対応に悩む医院もあれば、静観しているお店もあります。反対に、積極的に口コミを集め、運営戦略の一部として活用している医院もあります。
そもそも、Googleに表示されている星の数は、どのように作られているのでしょうか。
満足した人は、何も書かずに帰っていく?
口コミについて、よくこのように言われます。
「満足した人は、わざわざ口コミを書かない」
「満足した人に口コミを書いてもらうにも仕組みが必要」
「何もしなければ、不満を持った人の声が目立ちやすい」
もちろん、すべての口コミがそうだというわけではありません。あくまで傾向の話です。
ただ、ここには人間の心理的な特徴が関係していると考えられます。
その一つが「ネガティビティ・バイアス」です。
人は、同じ程度の良い出来事と悪い出来事があった場合、悪い出来事のほうを強く意識し、長く記憶する傾向があります。心理学の研究でも、悪い感情や悪い体験、否定的な情報は、良いものより強い影響を与えることが指摘されています。Baumeisterら「Bad Is Stronger Than Good」
また、行動経済学には「損失回避性」という考え方があります。人は、何かを得たときの喜びより、同程度のものを失ったときの不快感を大きく感じやすいというものです。Kahneman・Tversky「Prospect Theory」
診療が期待どおりに終わった患者さんは、それを「通常のこと」として受け止めることが多いかもしれません。院内で「ありがとう」と伝えてくださる方はいても、あえて口コミ投稿に「いいね」までしてくださる方は、実感としては多くありません。(そんな中でも、これまでにご投稿くださった方々には、いつも感謝しています。)
一方で、待ち時間、説明、費用、治療結果、スタッフの対応などに不満を感じた場合、その体験は強く印象に残りやすく、「この気持ちを誰かに伝えたい」という動機につながることがあります。
良い体験は「当たり前」として通り過ぎ、悪い体験は「書く理由」になりやすい。口コミには、そうした心理的な偏りが入り込む余地があります。
口コミは無作為に集められたアンケートではない
Googleでは、星1から星5まで自由に評価できます。
そのため、一見すると、多くの患者さんによる公平な評価のように見えます。しかし、口コミを書く人が、来院した患者さんの中から無作為に選ばれているわけではありません。
つまり、口コミに表れているのは「患者さん全体の平均的な意見」ではなく、「自ら投稿しようと思った人たちの意見」です。
特に強い満足や不満を感じた人ほど投稿しやすい一方で、「特に問題はなかった」「普通によかった」と感じた人は投稿しないことが多い。これを「自己選択バイアス」といいます。
これは、来院した患者さん全員に同じ質問をして回答してもらうアンケートとは、性質が異なります。
当院に限らず多くのクリニックで投稿された声だけを見ていると、特に何も書かずに帰った(かなり)多くの患者さんの存在が見えにくくなってしまうのです。
医療機関では、実名での投稿をためらいやすい
医療機関の口コミには、もう一つ特徴があります。
Googleアカウントを実名や普段使用している名前で登録している人は、口コミを書くこと自体をためらう場合があります。投稿内容によっては、患者さんのことが推測できてしまう場合もあります。
飲食店に「この料理がおいしかった」と投稿することと、医療機関に受診体験を書くことでは、心理的なハードルも社会的なハードルも違うように思います。たとえ表示名が匿名に近くても、自分がどの医院を受診したのかという情報を、インターネット上に残すことになるからです。受診歴は、本人の健康状態や治療内容につながるプライベートな情報です。
満足している患者さんに口コミをお願いしても、
「実名のアカウントなので書きたくない」
「普段使っているアカウントに受診歴を残したくない」
「匿名に近くても、受診の足跡を残したくない」
と感じるのは、むしろ自然なことです。
一方で、強い不満を抱いた人は、表示名を変えたり、普段とは別のアカウントを使ったりしてでも、その体験を伝えようとすることがあります。書きたいという強い感情が、プライバシーへのためらいを上回る場合があるからです。
医療機関の口コミに、本人を特定しにくい表示名や、投稿履歴の少ないアカウントからの投稿が目立つように感じられるのも、こうした背景を考えれば不思議ではありません。
高評価を「集める」という戦略について
ここまでの構造を理解すると、医療機関側には、自然には表に出にくい「満足した患者さんの声」を意識的に集めようとする動機が生まれます。
口コミ投稿用のQRコードを院内に掲示したり、診療後に投稿を案内したりするなど、「良い体験をした人にも書いてもらう」ための取り組みを行っている医院があります。
何も働きかけなければ、不満を持った人の声が目立ちやすい。だから、満足している人にも投稿を促し、評価の偏りを少しでも補正しようとする。ある意味では合理的な行動です。
ただし、その取り組みが行き過ぎると、問題が生じます。
「星5をつけてくれたらプレゼント」
「高評価を投稿してくれたら割引」
といったキャンペーンです。
Googleは、口コミの投稿や否定的な口コミの修正・削除と引き換えに、金銭的報酬、割引、無料の商品やサービスなどのインセンティブを提供することを禁止しています。また、肯定的な口コミを選択的に募る行為や、評価・口コミの内容に影響を与える依頼も禁止されています。Google Maps投稿コンテンツポリシー
一方で、インセンティブを提供せず、評価や口コミの内容に影響を与えない形で、実体験に基づく投稿をお願いすること自体は許可されています。
このように、口コミ対策をしていない医院と、ルールの範囲内で口コミ投稿を案内している医院があることも事実です。このような状況のもとで、両者の星の数を、同じ物差しとして単純に比較してよいのでしょうか。ここには、見る側にも少し注意が必要な領域があると感じています。
星の数は、医療の質そのものではない
もちろん口コミは、大切な声です。
耳の痛い投稿の中には、医院が改善すべき点や学ぶべき視点が含まれていることもよくあります。口コミそのものを否定すべきではなく、当院でも、患者さんの口コミから医院の改善のために取り入れた事例もあります。
ただし、前述のようにGoogle口コミは、来院した患者さん全体から無作為に集めた調査結果ではありません。
投稿する人と、何も書かない人。その間には、感情の強さ、匿名性、プライバシーへの意識、医院側からの働きかけなど、さまざまな違いがあります。
つまり、表示されている星の数が、そのまま医療機関の質を表しているとは限りません。数字だけを見るのではなく、その数字がどのように作られたのかについても、われわれの医療機関も少し立ち止まって考える必要があります。
そして実は、もう一つ大きな問題があります。
事実と異なる可能性のある口コミ、誹謗中傷、なりすましが疑われる投稿があったとき、医療機関はそれに対して十分に対応できるのでしょうか。
特に守秘義務を負う医療機関は、公開の場でどこまで説明できるのでしょうか。
口コミ欄だけでは、診療室の中で起きたことや、医療機関側が説明できない事情までは見えません。
後編では、Googleへの削除依頼、スタッフの個人名が書かれる問題、医療広告規制、そして医療機関が抱える「対等に反論できない」という構造について考えます。







